【絵本ができるまで#2】浜崎絵梨さんに聴く―ママに知ってもらいたい、絵本の先に広がる世界

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「お星さまにタッチして帰ってくるぐらい好き」

つい先日、息子からこんな言葉をプレゼントされて私はとても幸せな眠りにつきました。

それは、今回の主人公となる方から聞いた絵本遊びをしてみた時のことなんです。

その方とは、若手児童書翻訳家の浜崎絵梨さんです。

第二回目となる今回のインタビューを通して考えさせられたことが2つあります。

一つは、たくさんの良き絵本と出会うことで広がる世界と、育つ強い心

もう一つは、読み聞かせだけで終わらない、絵本を通した子どもとの素敵な過ごし方

絵本は、読んで終わりのものではない。子どもから大人まで、ママにとっても心の栄養であり続けるものなんだなぁ、とつくづく実感したお話でした。

浜崎絵梨さん

浜崎絵梨さん 

慶應義塾大学卒業後、外資系証券会社に勤める。幼少期を中国で過ごし、そのころから絵本に携わる夢を持ち続け、2010年、『おおきくおお〜きくなりたいな』(小峰書店)で翻訳家デビュー。持ち込みで出版に至った初めての作品『おひめさまはねむりたくないけれど』(そうえん社)で第21回日本絵本賞読者賞を受賞。これまで携わってきた作品は計10点。来年にはポプラ社の読み物シリーズを担当。

明るさを際立たせるのは深い色

浜崎さんの第一印象は、小花柄の明るいワンピースがよく似合う可愛らしい女性でした。蒸し暑い日差しも彼女が来た瞬間、ちょっと和らいだような気がするほどの、優しいオーラが出ています。

でも、その鈴を転がすような声で語る絵本への思いは思いがけず力強く、絵本に携わるお仕事を、苦労も含めて心から楽しんでいることがお話を聞いていてしっかりと伝わってきました。

ご自分のことについて「明るさや光は、暗い、深い色味があるからこそ際立つ」と仰った浜崎さん。

幼少期から中国で過ごす期間が長く、見た目からは想像のつかないような多くの苦難やコンプレックスを抱えてきた浜崎さん。過去の暮らしについて、こう振り返ります。


夢を追い、出版社へ翻訳したい原書を持ち込みを始めてからも、生活のために英語教師をしていました。朝9時から午後3時までは授業。その後、数時間ほど出版社をめぐり、夜6時には教壇へ。3時間の授業が終わると書店の児童書コーナーで夜11時まで過ごすという生活を4年間続けてきました。

中学・高校を香港で過ごしていたので、自分は日本語の語彙が足りないというコンプレックスがあります。だからこそひたすら本を読み、徒歩で移動するときには音読CDを聞きまくりました。その間、100冊ほどの原書を持ち込んだものの、結果はすべて不採用。

深夜帰宅しながら、ふと自分はどこへ向かっているんだろう?道を踏み外してしまったのだろうか?と、先の見えない現状に押し潰されそうになった時が多々ありました。毎日が不安と焦りの隣り合わせ。

でも、そんな時に自分を支えてくれたのが、周囲の人たち、そして本の中で出会った主人公たちです。

本には生きぬくための知恵がたくさん詰まっています。子どもの頃から多くの本に巡り会えたことで、心が自然と丈夫になったのだと思います。


そして2014年、浜崎さんは『Sleep Like a Tiger』という原書で自らの企画が初めて採用され、2016年には『おひめさまはねむりたくないけれど』(そうえん社)で日本絵本賞読者賞を受賞しました。

おひめさまはねむりたくないけれど

『おひめさまはねむりたくないけれど』夜になっても眠れないおひめさまのお話し

 

「あの時の深い色はこの瞬間のためにあったんだと。感謝の気持ちでいっぱいになり、心が震えました」

その浜崎さんの言葉を聞いたうえで、『おひめさまはねむりたくないけれど』を開くと、印象が変わってきます。

絵本には、どんな苦難も乗り越える力が宿っていると彼女は信じているしそれを多くの子どもたち、そしてそれを読み聞かせるお母さんたちにも知ってほしい、伝えたい、という強い思いを持っているんです。

気持ちよく響く、翻訳の難しさ

みなさんは「この絵本、なんだか読んでいて気持ちがいいなぁ」という絵本と出会ったことがありますか?

浜崎さんの絵本は、まさに、そう。やさしい言葉、穏やかなリズム感。読み聞かせる自分の声も、浮かんでくるイメージも心地よく、何度でも繰り返したくなります。

それは、偶然生まれたものではありません。字面としてではなく、声に出した時にどういう印象になるか。お母さんが、子どもに読み聞かせたら、どんな響きになるかを繰り返し吟味し、言葉を選び、翻訳しているからです。

絵本の翻訳は、センテンスも少ないし易しい単語ばかりだから簡単でしょう、と言われることが多いけれど、実際にはシンプルだからこその難しさがあるのだそうです。

直訳すると淡泊になりすぎて伝わりにくいし、子どもにも分かりやすく、ただし説明的になりすぎないように適切な言葉に落とし込む作業は、やってみると至難の業。

内容の正確さ、読んだ時の印象、声に出した時の響き。全てを考えて、考えて、言葉を選びます。

虎がおひめさまに!タイトルまで徹底的にこだわる

吟味の対象はタイトルにまで至ります。先ほど取り上げた浜崎さんの代表作『おひめさまはねむりたくないけれど』。

原書のタイトルは、『SLEEP LIKE A TIGER』(虎のように眠れ)でした。確かに、『虎のように眠れ』という日本語に直訳したタイトルでは作品の印象とは少し離れてしまっています。静かで、美しい絵。子どもらしさがあるのに、どこか神秘的。

とはいっても、虎と、おひめさま!驚くほどイメージがちがいますよね。当時英語を教えていた生徒たちに意見を聞いたり、悩みぬいて、おひめさまという言葉を選んだそう。

「穏やかな眠りに導くお話しなのに、なんで私、こんなに何日も寝られないんんだろう(笑)と思った」と当時を振り返る浜崎さん。

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また、例英語版では韻を踏んでいるところを、「ぐるうり ぐるうり」「まあるく まあるく」など繰り返しの言葉を多用し、お母さんが読み聞かせるときにつまずかないように、優しくトントンしているイメージで読めるようなリズム感になっているんですよ。

翻訳って、ただ言葉を訳すだけでなく、一つのフレーズを巡る文化の溝を違和感なく埋めることがとても大切で、ただその国の言葉が使える、というレベルでできる仕事ではないことが、お話を聞いていてよく分かりました。

実際に料理して美味しいか?レシピも補足!

次に伺ったのは、今年10月刊行された仕掛け絵本『ときめき☆サプライズ・パーティー』(ひさかたチャイルド)について。

『ときめき☆サプライズパーティー』

『ときめき☆サプライズパーティー』女の子の大好きがいっぱい詰まった、しかけ絵本。

 

これは仲良しのお友達、エレナのために、3人の女の子たちがサプライズ・パーティーを準備するお話。女の子の大好きがいっぱい詰まった、仕掛け絵本です。

ドール・ハウスが飛び出る仕掛けがついています。話の内容とドール・ハウスの構造に矛盾はないか、入念にチェックしたという裏話も

この本には、ドール・ハウスが飛び出る仕掛けがついています。話の内容とドール・ハウスの構造に矛盾はないか、入念にチェックしたという裏話も

巻末についているレシピが原文だとあまりにざっくりとしていたので、自分で調理器具を買ってきて実際にお料理を作りながらレシピを補足していったそうです。

そこまでするの!?と驚く私に

「オマケ的な要素かもしれないけれど、実際に読んだ子がこのレシピで作ってみよう!と思った時においしくないものになってしまったら興ざめだから」とさらりと仰る浜崎さん。

絵本の先にいる読者像を具体的にイメージして取り組んでいるんですね。

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巻末のレシピ通りに作れば、おいしいジュースができる!

 

社会問題を親子で考えるきっかけに『アンナとわたりどり』

浜崎さんがイタリアのボローニャ国際児童図書展で見つけてきて翻訳に至った『アンナとわたりどり』(西村書店)はメキシコからカナダへ出稼ぎに行く季節労働者の家族を描いた物語。

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『アンナとわたりどり』 親の仕事の都合で様々な土地へ移り住むアンナは自らをわたりどりに重ね、根っこのある生活を夢見ながらも自分の運命をしっかりと受け入れていきます。

 

浜崎さんは自ら発見したこの絵本の主人公に、過去の自分を重ね、こう語ります。


父の仕事の関係で転勤が多く、中学時代には4か月の間に転校を繰り返し、3校もの中学校へ通ったこともあります。中学だけでも4校。アンナに負けないくらいです。

中高時代は主に香港で過ごしました。最初は英語を見てもアリの行列にしか見えなくて。受験勉強を隔て奇跡的にイギリス系の学校に合格したものの英語力は周囲と雲仙の差。「どれぐらいお金積んだの?」「どうせコネでしょ」などと、毎日のようにクラスメートに嘲笑われ、一か月後に授業中で行われたテストでは先生にカンニングの疑いをかけらたこともありました。悔しくて悲しくて「もう一度同じテストを受けさせてください。あなたの目の前で回答するので、その目でしっかり見ておいてください!」と、生意気な口をたたいたこともあります。

そんな時代を隔てたからこそ、アンナみたいな少女の心細さ、マイノリティーの心情に寄り添った物語が、多くの子どもたちの手に渡ってほしいと強く願っています。

絵本の中では、デリケートなトピックがたくさん取り上げられています。いじめや偏見、家族のあり方や時事問題まで。不都合な現実から目をそらすのではなく、あえて絵本を介して向き合っていく。たくさんの本を読むということは、たくさんの価値に触れることだと思います。

絵本は時には人の気持ちに寄り添い、支えにもなる。そして一生ものの感動を得ることができる。そんな絵本の魅力をこれからも多くの子どもたちに伝えていきたいと思います。


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日本よりも移民や難民が身近な生活にある欧州ならではの題材ですが、日本でも転校生のように、慣れない土地に身を置く子どもたちも多くいますよね。

日本にも、差別や偏見をテーマにしたものは民話などの形で見ることはあります。でも身近に起こっている社会問題を真正面から取り上げる絵本は少ないような気がしませんか?

難民やテロ。戦争やいじめのこと。日ごろのニュースなどで触れる機会のある社会問題について、子どもとじっくり語り合うことってなかなか難しいですよね。

でも子どもが興味を持ったときに、堅苦しく説教臭くなく、親子で考えるきっかけとなる方法として、手に取りやすい絵本という形は最適ですよね。浜崎さんはそういった絵本を日本に紹介することも、翻訳家の使命の一つだと言います。

絵本の先に広がる世界を親子で楽しもう

そして最後に、絵本に携わる仕事を志したきっかけを伺いました。

幼い頃、浜崎さんはよく、お母さんから絵本の読み聞かせをしてもらい、その続きを考える遊びをしていたそうです。

浜崎さんが絵を描き、お母さんが字を書いて、それをきちんと製本して取っておいてくれたんですって。

親子で素敵な時間の過ごし方をしていたんだなぁ、と羨ましく感じました。

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絵:カメセキトモコ

でもその裏には、やむにやまれぬ事情もあったのだとか。

今はネットでいくらでも本が買えるし、続編が出ればすぐに買える時代。

でも当時は日本の絵本が手に入りづらい海外で、限られた材料から遊びを見出すしかなかった…という背景だったのです。

そこで、私も長男へ日課となっている読み聞かせの後に、続きを考えてみない?と提案してみました。

彼が考えた続きはどこかで聞いたようなお話で、特段わが子の才能に気づかされる!なんてことは無かったけれど、物語のその先に思いを馳せている息子の表情がとても新鮮で生き生きとしていて、眠る前にこんな素敵な時間を過ごせるなんて贅沢だなぁ、と思えました。

絵本をきっかけにして、子どもたちの遊び方、発想はどこまででも広がるんですね。

ちなみにその後我が家で定番になった「続きを考える本」は、『どんなにきみがすきだかあててごらん』。

続きというより、長男とお互いに「こんなに」がどれくらいかを言い合う遊びになりましたが。

そこで冒頭のフレーズ。

私が「お星様に届くぐらい好きよ」というと、「ぼくはお星様にタッチして帰ってくるぐらい好き」と言って満足そうに目を閉じたんです。

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絵:カメセキトモコ

なんだか幸せを実感するひと時でしたよ。

毎晩読み聞かせをして「おしまい」になったら電気を消す、という流れになんだかなぁと思っているお母さん。

読んだ本の感想を聞いてもいまいち反応が返ってこないし、理解してるんだかどうかもよく分からなくてモヤッとしているお母さん。

ぜひ一度やってみてくださいね。

絵本の先にはこんなにも広い世界が広がっている。

絵本は子どもたちの、そしてお母さんの心の支えにもなれる。

浜崎さんは、それを伝えるために、今夜も優しく美しい日本語を紡ぎだしているのでしょう。

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